2013年04月20日

被虐のブーメラン(DEMO)

「20.被虐のブーメラン(DEMO)」

http://okmusic.jp/#!/works/5901?n=%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%8E%E8%A2%AB%E8%99%90%E3%81%AE%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%B3%EF%BC%88DEMO%EF%BC%89

楽曲の再生数っていうのは、一体これは本当なんでしょうかね。

インストよりも歌モノのほうが、よく聴かれるっていうのは分からなくもないですが、そんな中でこのインスト曲の再生数が700を超えているのは不思議です。

もちろん、ほんの数カ月で再生数が1000を越えているような、他の方の人気作品に比べると、1年以上の年月をかけて700ってのは、むしろ不人気な作品にも思えてしまますが、私の作品のなかでは、コレかなり聴かれている方になります。

しかも、7分を超えるインスト作品が、3分30秒の歌モノ作品より聴かれてるっていうのは、なにか特殊なタイミングがなにかあるんでしょうかね。

ま、どうでもいいですが。

ギターソロっていうのは・・・。・・・いや、どうもそういう感じでもないので、話を逸らすと・・。

”詩人”と呼ばれる人がいます。

これが、よくわかりません。

昔、学校の国語の教科書で、文章のあとにその文章を書いた人の経歴などを紹介している部分があったりsました。

顔写真とともに、例えば「作家。19●●年にXX大学を卒業。19xx年に小説「人間モロ失格」を発表。20xx年没。」なんてことが書いてあるわけです。

この経歴に「詩人」と書いてあったりすると、とたんにその顔写真が得体のしれないものい見えてきたりしたものです。私だけでしょうかね。

なんというか、普段の生活がいまいち想像できないっていうのが、その大きなところなんでしょうが、例えば「作家」とか「評論家」とか書いてあると、その生活ぶりもなんとなく想像できるんですが、「詩人」はわからない。

イメージでは、なんだかよくわかりませんが、プラプラと近所を散歩していて、道路の端に小さな雑草なんかを見つけ、そこに人生の教訓などを見出し、やさしく微笑みながらうっすらと涙ぐむ、というような感じ(あくまで私のイメージです)で、なんとも不思議なものでした。

どう考えても、詩だけを書いて生活ができるとも思えないんですよね。

とすると、もともとお金持ちの道楽か、もしくは他に本業があるか、とか想像するんですが、だとすると経歴には詩人ではなく「詩人。本業は浄水器の訪問販売。」って感じの表記になると思うのです。

ただ、これは男性の場合で、女性の”詩人”の場合は、なぜか違和感なく詩人として存在できるような気がします。

最近では少なくなりましたが、女性のか弱いイメージは、この詩人のイメージとも重なります(あくまで私のイメージです)。

昔、ミッキーロークが詩人を演じた映画がありましたが、酔っぱらいのミッキーが酒場などでカッコよく詩を読む、という日本ではあまり考えられないイチュエーションがありました。

女性編集者(だったかな)が、その詩をきいて、すばらしいと大絶賛するんですが、私にしてみれば、字幕で読んでもいまいちピンとこないものでした。

「酔いどれ船」なんかを聴いたら、また違った印象になるんでしょうか。

その点谷川俊太郎なんかは、日本人にはとても直接的です。

ミッキーロークが、酔っぱらって酒場で、

「オバアチャンハ ウチュウジンニ ナッタンジャナイカ トオモイマス」

などと言いだしたら、女性編集者はなんと言うでしょうね。

そうですね、実はよくはしりませんが、谷川俊太郎は私が知る限り、詩集にお金を払ってもイイと思える”詩人”のひとりかもしれませんね。

う~む、どうも脱線しすぎて、いつもマトモに作品の解説ができていませんね。

そもそも、解説する気があるのか、という問題もありますが・・
私は、自分の作品をネタに、ただどうでもいい文章を書いているだけのようです。
ま、自分のブログだからいいか。

そのうち、キチンと解説めいたのも書けるようになるでしょう、たぶん。

posted by 砂久ヤタロウ at 23:03| Comment(2) | かく語りき | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

午前2時のスナック野郎

「午前2時のスナック野郎」
http://okmusic.jp/#!/works/6266?n=%E5%8D%88%E5%89%8D%EF%BC%92%E6%99%82%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%AF%E9%87%8E%E9%83%8E

スナック野郎はスナック菓子が大好きで、いつも深夜2時にコンビニに現れて、スナック菓子を大量に購入していきます。

いわゆる「あら、いらっしゃい!」のスナックではありません。

砂久ヤタロウの名前は、このスナック野郎から付けられました。

スナクヤタロウ、スナック野郎。ちょっと似ています。

ある作品集が、このスナック野郎で終わりを告げたあと、スナック野郎は、次の作品集では「砂久屋太郎」として、スナック菓子を食べながらオーケストラの指揮をするはずでした。

砂久屋太郎は、ステージへ登場し、スナック菓子をボリボリ食べながら、ステージ中央のマイクに向かってこう言います。

「コレ、うまいよ!」

そして、演奏が始まるわけですが、そこで演奏される作品が「夜霧にむせぶ飛鳥山」というわけです。

「夜霧にむせぶ飛鳥山」は・・・

そういえば、スナックといえば、千葉にあるとあるスナックのことを思い出します。
こちらは「あら、いらっしゃい」のスナックです。

そこの60は過ぎているであろうのママが、スゴカッタ。

店にはママともうひとり30代くらいの女性しかいませんでしたが、普段はもう何人かいて、客の入りももう少しいいとのことでした。

軽く飲んで話をしていると、そのママがいきなり、

「ほら、あたしのおっぱいキレイだぞ、見るか!」

とドレスをはだけて自身のおっぱいをさらけ出しました。

デデーンといった感じで飛び出したおっぱいに、皆目を丸くするばかりでしたが、当の本人はまったく気にする様子もなく、

「ほら、触ってみろ」

と挑発。

私も、店を間違えちゃったかな、と大いに戸惑いながらも、意外にキレイなそのパイオツに、ママの捨て身のサービス精神をみたのでした。

聞いてみると、週一くらいでママのおっぱいをナメにくる常連のお客さんもいるようで、あながち無駄な営業でもないようでした。

いかにも場末のスナックといった感じで、繁華街からも少し離れていましたが、営業を続けられてるのは、このような努力のおかげなんだろうなあ、と思ったものです。

店の女性は「あたしにはできない。ママはスゴイ!」と言っていましたが、これは本心でしょうね。

さて、「午前2時のスナック野郎」は、インスト作品ですが、コーラスが入ってるのが特徴です。ギター作品ともいえますが、あまり録音の状態はよくないですね。

後半で、スナック野郎はぼりぼりスナックを食べていますが、これが「夜霧にむせぶ飛鳥山」の冒頭につながるわけです。

スナック野郎は、ここでスナック野郎から砂久屋太郎になります。
そして新たな物語を語り始めるわけです。

「シバタさんアレをごらんよ!」

posted by 砂久ヤタロウ at 21:38| Comment(2) | かく語りき | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

モザイクの向こう側

「モザイクの向こう側~ソーイーナ」
http://okmusic.jp/#!/works/4692?n=%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%81%AE%E5%90%91%E3%81%93%E3%81%86%E5%81%B4%EF%BD%9E%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%8A

このタイトル!

最近でいえば、私の作品はこのOKMusicでしか発表されていませんが、一時期は、例えばHPなどを使って作品の紹介をしていたものです。

例によって、基本ホッタラカシになっていましたが、この作品、また作品集の発表にあわせて、私は以下の文章をサイトのTOPページに掲載しました。

※       ※

「モザイク」とは元々”石・ガラス・貝殻・木などの小片を寄せて作る絵または模様”のことですが、私の周りでは、ほとんどの場合、それは”AVのボカシ”として認知されています。

「あれムカつくよな~」などと言ってる人は、まず間違いなくこっちの方の”モザイク”のことをいっています。

私としては、小さな断片をよせ集めて全体として”何か”を表現するという手法で作られたもの、のことをさしているつもりです。

そして、その向こうには何があるのか。

こう言うと、目を細めて見るとイイとか、少し離れてみるとイイとか、最近ではそんなのは消すことが出来るんだよ、などと言う人がいますが、実はコレ、あながち間違ってはいないと思うのです。

女子や子どもには分からないかもしれませんが、実はそんなことは男だったら誰でも、経験的に知っています。

いや、最近では女子や子どもでも知っていることかもしれませんね。

ま、とにかくコレ、このモザイクという手法で作られた作品に対しても、やはり同じことが言えると思うのです。

自己表現とは、ある種、自分を売り込むこと、ということができるかもしれませんが、例えば、モザイク的な作品でその向こうに透けて見えるのは、その人自身である、ということは言えるかもしれませんネ。

もっと正確にいえば、その人自身のある部分。作品がその人の全て、ということはほとんど稀ですから。

どうも、ややこしい話です。

でも、こういう文章も、言ってしまえば「モザイク的」なもの、といえなくもないですよネ。いえなくもないです。いえなくもないことがないか、いやある。

モザイクは、大体ややこしいものなんです。

言い切ってしまいましたが、実は、そんなことはどうでもよくて、短編集であったり、オムニバスであったり、よく考えるとこの手法というか、やり方は結構使われているんです。

しかし、このむしろ古臭いやり方を、あえて”モザイク”という言葉で意味づけしてみたのが「モザイクの向こう側」だったりします。

まあ、言ってしまえば、アルバムやオムニバス、短編集など、いくつかの作品をひとつにまとめると、それはどうしても、モザイク的になってしまいます。たとえ個々が全く関連のないものであっても、全体でひとつの模様を作ってしまうからです。

で、一体何なのか?

重要なのは、そこで何を表現しようとしているのか、ということです。

例えば、喜び。例えば、悲しみ。例えば出会い。例えば、別れ。また例えば、時代。等々。

何が見える? その向こうに?

実は、見えるのは・・・


(ここで情景描写が挿入される)


地上五階の地下世界。

バックにはセシル・テイラーの「クロッシング」が流れている。

ウソ。

実は、ボブ・ディランの「イフ ノット フォー ユー」が流れている。

これもウソ。

本当は音楽も何も流れていない、静かな夜。
パソコンを開くのは、決して久しぶりではないのに、キーボードを打つのはとても久しぶり。
濃いコーヒーを飲むと、頭が痛くなるので、薄めの(!)アメリカンをすする。



「作品は、日記のようだ」

この言葉に、ある種の感慨と共感を感じる人は、おそらくモザイクが作れるでしょうネ。


さっき書きましたが(書きましたっけ?)、この文章は言ってみれば”モザイク”です。

でも表現したいことは、その”向こう側”だったりします。


唐突に・・・ここまで読んでくれたあなた、どうもありがとう。

あなたは、この文章分だけ、私に近づいたことになります。

だから何?

あなたの退屈な(または刺激的な)毎日の中で、ふだんは意識することのない”その向こう側”。それは、個々の作品分だけ”私のこっち側”でもあります。

また、多くの、忙しくも退屈な毎日を送るあなた。あなたは、おそらくこの文章をここまでは読んではいないでしょうね。

もしも、あなたが検索でこのページを訪れた人なら、あなたはこのページが、ある奇妙な音楽サイトのトップページであることに気づかないでしょうね。

~(中略)~

なぜなら、それはいつも、あなたの知らないところで起こっているからです。

※            ※


相変わらずフザケタ文章ですが、この頃すでに私は、今と同じような考えを持っていたんだなあ、と感慨深く思ってしまいます。

「モザイクの向こう側~ソーイーナ」は、7分を越える作品なので、もうその時点で聴くことができる人を選んでしまうようなところがあります。

また、構成として歌とギターソロのバランスが激しく悪く、これもまた好みの分かれるところでありましょう。

OKにおいても、現時点でLOVEが4つ、なぜかDLが2つ。
この作品がOKで最初にUPした作品だと思ってましたが、どうも違うみたいですね。
記憶って儚いモノです。

しかし、私のコメントはなぜこんなにアホっぽいんでしょうね。
我ながら、頭が痛くなります。

では、よろしくお願いしゃーす!おっと、よろしくお願いします!

http://okmusic.jp/#!/works/4692?n=%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%81%AE%E5%90%91%E3%81%93%E3%81%86%E5%81%B4%EF%BD%9E%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%8A
posted by 砂久ヤタロウ at 18:35| Comment(0) | かく語りき | 更新情報をチェックする

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