2013年12月01日

あそぶ

「あそぶ」
http://okmusic.jp/#!/works/4634?n=%E3%81%82%E3%81%9D%E3%81%B6

さてさて、最近いろいろといわゆる”ヒラメキ”について考えています。

ウソです。
実は、今考え始めました。

作品が”降ってきた”ということについて書いたら、いくつかコメントをいただきました。
私自身は”降ってくる”というのは、自分の中にその作品があるということに”気が付く”もしくは”思い出す”という感じが近い気がします。

”降ってきた”経験をお持ちの方は意外に多いようで、これはまあ、一つのこころの状態のことなのかもネ、などとも思っています。ベタですかそうですか。

話はそれますが、例えば、ギターのアドリブなんていうのは、これは通常、言葉通りその場での即興になるわけです。そのときそのときの思いつきで演奏を進めていくのですが、どう展開していくかは考えてコントロールするのはなかなか難しいわけです。

私がギターソロを弾く場合だと、たとえば指使いのクセでフレーズが繋がることもありますが、これも通常は意識的なものではありません。

ところで私は、音楽作品を作るとき、作品のどこかに必ずアドリブの部分をいれます。

これはギターソロに限らずなんですが、そうすることで私自身もその作品を長く楽しめるからです。
”たとえば”即興演奏というのは、自分自身でも進行を予想することはできないので、リスナーとしての新鮮さを長く保つことができる気がします。

おや、ヒラメキのはなしをしようとしてたんではなかったでしたっけ?

冒頭の「あそぶ」は、気楽につくられた不思議な作品です。
作品のどこにも不思議な要素はありませんが、私の作品のなかでは小さなヒラメキがそのまま作品になったような作品で、私としては不思議です。

たとえば「サバナサバナ」「風が吹いていた・・ハハ」などと同系列の作品です


「サバナサバナ」
http://okmusic.jp/#!/works/4780?n=%E3%82%B5%E3%83%90%E3%83%8A%E3%80%80%E3%82%B5%E3%83%90%E3%83%8A

全く関係ありませんが、雨の日にコンビニのビニール袋を頭にかぶって、横断歩道を歩いている人を見たことがあります。車に乗っていてデジカメを持っていたんですが、撮影しようと慌て過ぎてデジカメを”お手玉”しているうちに、その人は歩いていってしまいました。

東京はオモシロイところです。

posted by 砂久ヤタロウ at 23:53| Comment(0) | かく語りき | 更新情報をチェックする

2013年11月26日

方舟~僕ら、星を浴びる

方舟~僕ら、星を浴びる
http://okmusic.jp/#!/works/27534?n=%E6%96%B9%E8%88%9F%EF%BD%9E%E5%83%95%E3%82%89%E3%80%81%E6%98%9F%E3%82%92%E6%B5%B4%E3%81%B3%E3%82%8B

実家に、犬がいます。

ウチの場合、犬は代々なぜか「コロ」という名前で、確か3代目「コロ」までいって、今はどういうわけか「チビ」というのがいます。

カミ癖のある凶暴なやつで、たまに実家へ帰ったりすると、いつも本気の”うなり声”を聞かせてくれます。
彼にとって私は、間違いなく敵なのです。

父親は、

「エサをやるときは、目をあわせちゃならん!」

と言いますが、そういう教育方針がいけないのでは、と思っています。

初代「コロ」は血統書付きの芝犬で、つり上がった目がキツネのような、シュッとした顔にクルンと巻いたシッポがなんとも愛着のあるヤツでした。

2代目「コロ」は目のギョロっとした特徴ある顔をしたヤツでしたが、父親は、よく夜中に吠えるからか「バカ犬」と言っていました。
彼が正面から、父親に顔面をワシ掴みされているのを、何度か見たことがあります。

犬派、猫派なんてことをいいますが、私は最近もっぱら犬派です。
まあ、飼っているわけではないので、そうはいっても犬と接触する機会はほとんどありません。
ただ、犬の忠実で、純朴で無邪気なところってカワイイよなあ、と最近思うのです。

猫もカワイイですが、飼い主への愛情ということでいえば、犬のほうが勝っているよな気がしますね。
猫は、犬とは違いますが、自分勝手でワガママなところとか、躊躇なく媚を売るところとか、人間でいうとどちらかというとマイナスな部分に、魅力を感じる人が多いみたいです。

そういえば、近頃は野良犬というのを見なくなりましたね。
ノラ猫はよく見かけますが、野良犬はホント見ない。絶滅してしまったんでしょうか。

田舎のほうにいけば、まだいるんでしょうかね。
昔は、マユゲをイタヅラ書きされた野良犬をよく見かけたものですが、都内では野良犬そのものを全く見ないですね。
まあ、犬は噛むことがありますから、処分されてしまったのかもしれませんね。

さて、先日久しぶりにブログを更新したので、勢いにのって今日もダラダラ書いてみました。
冒頭の「方舟」は”星を浴びる”というシリーズの番外編です。
アタシ、オレ、ボク、でシリーズ自体は終わりですが、番外編として「方舟~僕ら星を浴びる」と「アナタ、星を浴びる(DEMO)」があります。

「方舟」は最近犬派の私としては、感慨深く愛着のある作品です。


posted by 砂久ヤタロウ at 22:20| Comment(0) | かく語りき | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

ミキ

どうも こんばんは!

久しぶりの更新です。
たまには更新しないとね、などといいながらすでに半年の月日が流れ、ページには「えがおのマカ」の広告が表示される始末です。このようにこのブログは完全に私の気分次第。なんて素敵なんでしょう!

さて半年ぶりの今回は”降ってきた”というテーマです

よく、作詞や作曲をしている方が「作品が降ってきた」という表現をすることがあります。
これはおそらく、とてもイイ曲をヒラメイた、とか普段思いつかないようなイイ歌詞が浮かんだ、というような特殊な、特別な作品に対して使われるようです。

そうですね、いってみればその作品は、まるで”天からの贈り物”のように降ってきたというわけです。
そう通常、ヒドイ作品にはこの”降ってきた”という表現は使いませんよね。

ところで、感動を生む作品のそもそもの大前提に”作者自身がその作品に感動している”いうのがあると私は思うわけです。
そして、いわゆる”降ってきた”作品というのは、いってみれば作者自身がその作品に感動している作品である、ということです。

まあ、ありていにいえば”ヒラメイタ”ということになるのでしょうが、そういう思わぬ思いつきに作者が、その作者という立場をこえて感動してしまう。これを”降ってきた”と表現してしまうのであろう。

このように思うわけです。
実際のところ、”降ってきた”と作者が表現する作品にはよい作品が多いと、私は思います。

そもそも”降ってきた”と言っている時点で、自分の作ったものではない、というある種の無責任さが感じられる気もしないでもないですが、まず、作品に対して最もクールであるべき作者が、真っ先に感動してしまっている、というのは、なんだかとてもステキな感じがします。

さて、こんなことをいう私の作品の中でも”ミキ”は、私自身も「素敵にイイ曲だなあ」と感動しながら制作したものですが、聴く人の評価はどうもイマイチのようです。
これは私が感じる感動が、実はカラ回りしているという典型的な例ですが、私としてはこれに抗議するべく6ヶ月振りにブログまで更新してしまった、というわけなのです。

控えめなプッシュなので、あえてリンクはしませんが、こんなことが書けてしまう”自分のブログ”って「素敵やん」って感じです。

もっと低いレベルで、同じことが「マタギ3」でもいえますが、こちらはロックなのでこれはこれでいいのです。











posted by 砂久ヤタロウ at 23:38| Comment(0) | かく語りき | 更新情報をチェックする

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